生活保護受給者はなぜ嫌われるのか【元当事者が考える】

みなさんは、生活保護受給者に対してどのようなイメージをお持ちだろうか。生活保護を受給している人といえば、とかく嫌われたり、ときには差別を受けたりというネガティブなイメージを持つ方も少なくないのではないかと僕は思っている。

誰だって嫌われたり、差別される対象となることはイヤだ。だから、生活に困窮して、明らかに生活保護が必要な状態であるにも関わらず「生活保護だけは受けたくない。そんなことなら死んだほうがマシだ」などという人も少なくないだろう。

そうした、生活保護を受けたら何かとんでもない不名誉な『被差別階級』に堕ちる、というイメージが、生活困窮者に生活保護を申請することをためらわせ、極貧困の状態のままで苦しみ続けることを余儀なくしていると僕は思っている。

この点で日本の生活保護システムは、社会的弱者の生きる権利を保証するという主旨から考えれば「正常に機能していない状態異常」といえるが、これはもちろん言うまでもなく統治者にとって都合の良い「状態異常」なのだ。

日本の生活保護制度は、その入り口と同様に出口もまた、統治者にとって都合の良い「状態異常」のまま運用され続けている。つまり「嫌われ・差別されること」に耐えられず、生活が困窮することが間違いない状態はなんら改善されていないにも関わらず、焦りから性急に生活保護をやめてしまい、あげくに非合法な金融業者から借金をしたり、ホームレスになったり、あるいは最悪の場合として餓死にいたったケースすらある。

僕は障害のために働くことができず、およそ10年ほど生活保護を受給していた経験がある。

今回の記事では、なぜ日本ではこれほどまでに生活保護に対して負のイメージが席巻しているのか、なぜ生活保護受給者が嫌われるのか、元当事者として考えてみたいと思う。

理由その1 ワーキングプアの存在

現在の日本には、働いていても生活保護水準の所得しか得られていない、いわゆるワーキングプア層が存在する。行政の統計によれば、これは労働者人口の4人に1人というとんでもない多さだ。

それだけ貧しいにも関わらず、ワーキングプアな人々が生活保護を受給しない理由は、冒頭で述べたような、日本の生活保護制度が持つ被差別身分的な背景が大きいだろう。

生活保護を受けずに自分の収入だけで生活することは個人の選択の結果なので、どうしても生活保護受けたくないという人に無理やり受給を勧めることはできない。しかし、働いているにも関わらず生活保護と同じか、それ以下の賃金しか稼げない労働者層が存在することは次のような問題を生じさせると思われる。

まずはじめの問題は、ワーキングプア自身に「自分は歯を食いしばって生活保護を受けずに頑張っているのに、受給者たちときたら楽しやがって許せねえ」という考え方が生じても不思議ではないこと。もう一つは、受給者でもなくワーキングプアでもない平均かそれ以上の暮らしをしている人たちの中にも「苦労して頑張っている人たちがいるのに、生活保護を受けて楽をしている人がいるなんておかしい」と考える人が現れるであろうことだ。

そもそも、普通に働いているのに生活保護水準の所得しか得られないのは、個人ではなく経済政策に問題がある。ワーキングプアは本来、存在してはいけないのだ。ワーキングプアがもたらす最大の脅威は、人々の心が上述したような誤った考え方に支配されて分断され、なかなか社会システムそのものを疑うという視座からの議論を困難にさせてしまうことだ。

とにかくワーキングプアに対しては、もうあなたは自力で生活するのはムリだから、すぐに生活保護を受けなさい、と啓蒙していくしかないだろう。

理由その2 生活保護の原資が税金であること

これも生活保護受給者が嫌われる理由のうち、非常に強力で根の深いものだろう。

雇われて月給をもらっている人にはあまり税金は意識されないものだが(源泉徴収システムの狙いはそこにあるのだが)、僕はフリーランスや経営者として生計を立てていたことがある。なので自分で税の確定申告をした経験があるので、必死で稼いだなけなしの収入から多額のお金が税金という形で国家に『召し上げられて」しまう痛みは知っているつもりだ。

そんな必死で稼いだお金が生活保護受給者の生活に使われているとなれば、多くの人は憤りを抱くのもやむを得ないことだ。この問題を是正するには再分配の重要性を人々に周知していくことが大事だと思うけど、社会福祉の縮小と市場化、小さな政府市場主義という流れはまだ変わりそうにないので効果は疑問だ。あるいは無条件のベーシックインカムの導入も検討すべきだろう。

理由その3 政治家やメディアによる印象操作

生活保護の不正受給に関連したタレントの不祥事などをあげつらい、あたかも不正受給者がたくさんいるかのように印象付ける。これによって「生活保護受給者イコール悪いことをしている奴」というステレオタイプができあがってしまった感がある。

実際には生活保護の不正受給は金額ベースで全体のわずか0.4パーセント程度にすぎず、それをあげつらって印象操作をするのは適切な報道とはいえない。先日、とあるメディアが「生活保護で覚醒剤を買った」との見出しで特殊詐欺の実行犯が逮捕されたニュースを報じていたが、その人物は非合法な活動で月に40万円ほど稼いで、それに加えて生活保護費を不正に受給していたそうだが、そのような境遇の人物と生活保護をからめて報じる姿勢にも甚だ疑問を感じる。

理由その4 生活保護行政による水際作戦

生活保護を受給するためには正しい知識が必要だ。知識がなければ役所の窓口で申請を断念するよう言いくるめられてしまうこともある。これが水際作戦だ。このような行政による水際作戦によって、生活保護を受給することができなかった人は、受給できた人に対して嫉妬や敵意を抱いても不思議ではない。

最近のSNSでは外国人の生活保護受給が攻撃のターゲットにされることが多い。詳しくは以下の記事を参照いただきたい。

理由その5 能力主義との関係

20世紀の中後半から、主に旧西側先進国を中心に能力主義が席巻してきた。日本も例外ではない。能力主義の社会では、生活保護を受けねば生きられないような者はつまり劣っていると判断されてしまうというわけだ。つまり「劣っているんだからしょうがないよね」と当事者もそれ以外の人もなんとなく納得させられてしまい、問題の本質に議論が及びにくくなる。

能力主義は、後述する自己責任論と組み合わさることでより強力なものとなる。

理由その6 自己責任論

能力主義と同様に、自己責任論もまた生活保護受給者バッシングに深く関係している。具体的には「生活保護を受給するほど困窮した人間は人生のどこかで判断を誤ったり、あるいは努力を怠ったりしたに違いない」といった、人生における悪い結果の因果をすべて個人に帰す考え方だ。

自己責任論に対しては、社会に格差が拡大することの害悪を辛抱強く説明することと、努力の結果ではなく手にしたスペック(親が金持ち、両親ともに大卒、背が高い、美人)を使って手にした成功については個人の手柄ではないので、そこから得られた見返りについては社会に還元するのが正義にかなうという考え方を広めていくのがいいだろう。

自分は一流大学に入るために猛勉強したし、自分の努力ですべて勝ち取ってきた、などという人も、猛勉強をさせてくれる親のもとに生まれたことや、努力を高く評価してくれる時代・社会に生まれたことはその人の努力の結果ではなく、それは単なる運によるものだ。運で得たものは社会に還元すべきなのだ。

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