今回の記事では、日本語の新しい言葉(新語)をいくつか紹介したいと思います。日本語を学びたい人、日本文化に興味のある人の参考になれば幸いです。ここで紹介する新語は、ある程度、使われてきた実績のあるもの、すぐになくなることはないと私が考えているものを選んでいます。
日本語のスラング(slangs)については、以下の記事をご覧ください。
Black-kigyo (ブラック企業, ぶらっくきぎょう)
名詞

「ブラック企業」とは、一言で言えば「悪徳企業」のことです。極めて悪質な場合では、法律違反である無賃残業を従業員に強要したり、仕事のミスを暴言や時には暴力で制裁したり、休憩を取らせなかったりすることが常態化している企業のことです。
この表現は民間企業に限らず、公務員やNPO法人などでも、労働環境が劣悪な場合は「ブラック職場、ブラック行政、ブラック業界」などと表現されることがあります。
また、従業員に休日に社長宅の掃除をさせる、社員旅行への参加を強要して参加しない人にいじめを行うなど、ブラック企業の様態は多岐にわたります。
読者の中には「そんなバカな、日本の労働者はすぐにそんなひどい会社を辞めて、もっといい会社に行けばいいじゃないか」と思われた方もいるかもしれません。
あるいは「私の国だったら、そんな会社には誰も勤めず、したがい、そんな会社はすぐに倒産してしまうだろう」思った人もいるかもしれません。
それは正しい。でも、日本ではそう簡単にはいきません。他の多くの国とは異なり、日本では一般的に勤務先を変えることはネガティブ(negative)な出来事の記録として理解されます。特に、3年未満で会社を変えてしまうと、次に面接に挑む会社から「この人は忍耐力がないのでは」と思われてしまい、就職活動に大きなマイナスになります。
もしあなたが「いやいや聞いてください、前の会社はひどいブラック企業だったんです」と言ってみたところで、たいていは事態を悪化させるだけです。日本の文化では、前の会社の悪口を言うことは、たとえそれが事実であっても、不誠実な人間だと判断される強力な動機となってしまう。そのようなことを言う人は、今回の会社の悪口もまた言うに違いないと思われてしまうのです。
さらに、ブラック企業には、相手を威圧したり、暴力をほのめかしたりして心理的に萎縮させるのが得意な中間管理職がいるのが普通です。「お前は無能だ!役立たずだ!」といった罵詈雑言を日常的に浴びせられると、労働者は自分が本当に無能であると洗脳されてしまうのです。
自分のような無能な人間が働けるのはここだけだ、と完全に思い込んでしまい、会社を辞められなくなってしまうのです。
日本では、このような背景から、ブラック企業が存続する環境が作られてきたのです。
以下に、ブラック企業が多いとされる業種の一例を紹介します。
- 外食産業(特に大手企業が運営するチェーン店)
- 受託コンピューターシステム開発業(SIer、システムインテグレータ)
- 教員(小学校~高等学校)
- 人材派遣業
Daizyobudesu (大丈夫です, だいじょうぶです)

この言葉「大丈夫です」は厳密には新語ではなく、従来からある言葉を近年になって別の意味で使うようになった例です。そのため、ある年齢以上の日本人にとっては、この使い方は不適切な若者言葉だと感じる人も少なくないようです。
「大丈夫です」は、もともと「平気」「しっかりしている」という意味なので、次のような会話に使われます。
「あなた顔色が悪いよ。今日は仕事を早く切り上げて休んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫です」
しかし、現在の日本では「大丈夫です」は、相手を不快にさせずに何らかの申し出を断る場合にも使われます。これが上記の新語的な使い方です。要するに、英語でいう 「no thank you」です。
「たった500円を追加でお支払いいただくだけで、14もの特典がついてきます。いかがですか?」
「大丈夫です」
この使い方は、相手の申し出を断るにあたって、率直に 「いりません」や「結構です」 と言わず、」大丈夫です」と言うもので、これはとても日本的な考え方だと私は思います。
Tadashi-ikemen-ni-kagiru (ただしイケメンに限る, ただしいけめんにかぎる)

「ただし」とは英語でいう「however」で、すでに述べたことに条件を付けるもので、「イケメン」は「均整のとれた顔立ちのハンサムな男性」という意味です。
これは、日本の女性に理想の恋愛相手を尋ねると「優しい人、真面目な人、一生懸命な人」が理想的な相手だと答える人が多いことを皮肉って使われています。つまり、実はこうした理想像には暗に「ただし、ハンサムであることが条件だが」という前提が含まれていることが多いという意味です。
そのため、この表現は、男性が自分の状況を少し悲観的に、自嘲気味に表現するときによく使われます。
おそらく他の文化圏と同様、日本文化にも、人の外見にこだわることなく、人間性を重視するべきであるという理想論があるのでしょう。しかし現実には、外見は恋愛相手を選ぶ上で非常に重要なファクター(factor)であることは言うまでもありません。
日本では、西暦1000年頃に女流作家の清少納言が編纂した『枕草子』に、次のような記述があります。
仏教説話の講師はイケメンであればあるほどよい。その人の顔を見て聞けば聞くほど、その説教の良さがわかるというものだ。もし講師の顔が醜ければ、私は目をそらし、聞いたことを忘れてしまうし、罪を犯してしまうかもしれないとさえ思ってしまう。
枕草子
読者の中には「まじめに勉強しなさい」と彼女を諭したくなる人もいるかもしれません。しかし、千年前の女性たちも現代と同じように男性の美醜について噂話を楽しんでいたと想像すると、これまた興味深いものです。
Yabai (ヤバい, やばい)
形容詞

「やばい」という言葉は、主に危機的な状況や危険な人・物、さらには「かっこ悪い」という意味で使われていましたが、現在の日本では「かっこいい」などポジティブな意味でも使われます。
「やばい」の「やば」は、古代の日本語で牢屋を意味する言葉だと言われています。
この言葉はスラングというには、はるかに普遍的で、ほとんどのオンライン国語辞典に掲載されています。
本来のネガティブな用法としては、以下のような例があります。
「今月は無駄遣いしすぎたので、家賃の支払いがヤバイです」
「奴は武装強盗と警察官殺害で逮捕され、15年ぶりに出所してきた。奴は本当にヤバイぜ」
「彼の服装はマジでヤバイ、どう考えても10年は遅れている」
「やばい」のポジティブな使い方
上記のネガティブな意味に加えて、2010年代くらいから「ヤバい」という言葉は「かっこいい」「すごい」というポジティブ(positive)な意味でも使われるようになりました。そのため、ある年代以上の日本人は「やばい」という言葉のネガティブ(negative)な使い方しか知らないというジェネレーションギャップが生じています。
以下に「やばい」のポジティブな使い方の例を紹介します。
「彼の歌の才能は本当にヤバイので、私はすぐに彼のファンになった」
「彼女はヤバイ!3日間も家に帰らず、まだ働いている。いったいどうやって、あのすごいエネルギーを得ているんだろう?」
「彼女の髪は本当に綺麗でヤバイ!羨ましい!」
Zikobukken (事故物件, じこぶっけん)
名詞

この「事故物件」という言葉は、過去に人が亡くなった不動産物件を指す言葉です。事故物件という言葉は、不動産業界では古くから存在していましたが、インターネットの普及により一般にも広く知られるようになりました。
その中でも特に有名なのが「大島てる(おおしまてる)」というWEBサイトで、事故物件を紹介しています。
なぜ「事故物件」などという言葉が必要かというと、日本の法律ガイドラインでは、人が亡くなったという事実は、不動産の購入希望者や賃貸希望者に説明すべき「心理的瑕疵」と規定されているからです。
日本人の宗教観/死生観においては、すべての人が死んだら神のところに行くわけではなく、不本意ながら死んだ人の魂は死んだ場所にとどまって苦しみ続け、時には生きている人に害を及ぼすと考えている人が多いのです。
この考え方の強さは人によって異なりますが、基本的な考え方として、ほぼすべての日本人に共有されています。だから、その家で人が死んだという事実は、不動産物件の「心理的瑕疵(欠陥)」とみなされてしまうのです。
事故物件について興味のある方は、私の個人ブログの記事もご参照ください。